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『太公望』宮城谷昌光作

『太公望』上、中、下巻  文春文庫 

著者宮城谷昌光

 

書評:木田良輔

 

 僕が学生の頃に読んだ作品。太公望呂尚は有名な人物で、多数の作品に登場する中国古代史の伝説的な人物である。宮城谷昌光の作品はいくつか読んだことがあるが、繰り返し太公望が登場したりするので、「太公望」は著者の作品の中でもかなりの力作になっていると思う。

 

 

 太公望の若い頃から周王朝が商王朝にとって代わるまで描写されており、仙道のような類の話が少ない内容になっているので、読んでいて太公望を身近に、現実的に感じることのできる作品になっていると思う。太公望自身も知略に優れているだけでなく、武術もかなりの達人であり、若手の兵隊として描かれている。中国古代の資料にも即して書かれていたり、当時の古代史の内容が章の冒頭に書かれていたりするので、歴史的背景がよくわかる。

 

 

 この時代は、かなり偉人が多数輩出しているので、商王朝から周王朝に代わることは、当時の中国にとってかなり大きく、激的な変化だったんだろうなと個人的にも感じる時代である。例えば、周公旦の政治は素晴らしかったらしく、後年孔子に尊敬され手本にされている。

 

 

 商王朝側には受王(紂王)と絶世の美女妲己が登場する。「酒池肉林」「炮烙」等はこの話の中で出てくる言葉で、商王朝の混迷の象徴的な場面として登場する。受王の描写に関しても、資料に即しており、『夏王朝の桀王と商王朝の受王は長身で巨きく、美貌もあり天下に傑出していた、欠点の少ない方であった。先王達は、上帝や神、祖霊を恐れたが、受王は恐れなくなった。すなわち受王には恐れるものが何もないということが最大の欠点であり、不幸を呼んだ。』とある。生まれもよく、才気等に恵まれすぎたものが晩年足元をすくわれるという王道のシナリオで、太公望と周の武王が牧野の戦いで受王を撃つまでの計略や、他国とのやり取りが見所だと思う。

 

 

 この著作の内容で目に付くのは、過去の王朝等との対比がよく出てくるところで。例えば、上記の夏王朝との対比もよく出てくる。夏王朝を開いたのは禹王であるが、先代の帝瞬とは血のつながりがない。この点に著作内の太公望は驚いている。

 

「禹は摂政の位につく前に、洪水を治めました。身をすり減らして各地を回ること十三載で、その間、自宅の前を通っても入らなかったと言われています。禹は九州を開き、九道を通じ、九沢を披し、九山を計りました。」とあり、禹王とは超人であると賛嘆している。太公望の羌族と夏王朝は良好な関係にあったようで、話の中で大蛇が出てくる場面があるが、蛇は水に所縁があり、水の神は夏王朝の守護神であるということで、大蛇を見逃したりしている。

 

 

以上のように、帝瞬から禹王と、受王から武王への王朝の変遷を対比して書かれているので、古代王朝がよく登場する。中国古代史に興味がある人は、そのあたりも注目して読むと面白く、含蓄の深い作品となっていると思う。歴史小説として、是非一読して欲しい作品である。